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今日は強さについて考えます
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2017.08.07 Monday 03:16強いか弱いか。他人との関わりの中で影響を受ける自分の変化、そしてその時の選択に対して、僕たちは「強い」だとか「弱い」だとか、言う。
まず、何者の影響も受けない、というのは強さではない。傷つかない事が強さではない。
何故なら、ヒトは大きくなればなるほど、物を知れば知るほど、より大きな存在、未だ知り得ぬものに対しての恐怖が増していく。何者の影響も受けないというのは、その恐怖から目をつむるために、自分を現状に固定して外部をシャットアウトしているだけの行為だから。結果、それはとてもとても弱い行為だ。
ひとつ、強さの典型的な例として「忘れる」というのがある。忘れっぽい人はなんだかんだ、強い。人間の持つ最も強い武器なのかもしれない。適応力、というのにも通じる。こだわりを軽やかに捨てて、何処でも誰にでも順応していく能力のあるヒトはいる。生物的な強さを持っていると感じる。憧れる。
それでは、そう出来ないヒトはみな弱いか。衝動に流されること、それは弱さか。まぁ、一般的には間違いなくそう思われていると思う。がほとんど全てのヒトはこちらだ。だらしない自分に嫌気がさして、それでもなお何かのせいにしてダラダラと環境の変化が訪れるのをただ待って、「忘れられる」強さにただすがるように生きている。いくら格好つけたって、僕たちはほとんど全て、みんなそんなもんだ。
そもそも、弱さとは、他人への恐怖に端を発しているように思う。どこまでも未知なる他人。ヒトは自分と違うものがとにかく恐いのだ。そして、その恐怖から逃げようとする事こそが、弱さの本質だ。しかし残念な事に他人とはどこまでも果てしなく未知であって、だからこそ私たちは、その永遠なる未知の前に常に選択を迫られる。
その時、強い人間なんていない。いなくていい。
あるとすれば、強くなろうとする意志だけだ。自分の弱さをみつめるか、自分の弱さから逃げるのか。ただそれだけ。
自分の弱さを見つめた人はとても優しいし良く笑う。そして回り回って他人が好きだ。良く分からないものがとにかく大好きだ。そしてそういう人は、結構演劇をやっている。
強い人になるよりも、僕は弱いまま、ただそういう人になりたいと願う。
あらゆる困難を、傷つきながら、楽しみたい。
うん。割りと平凡な結論にたどり着きました。でも、そうですよね。それだけを強く、願うこと。 -
Comment
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2017/08/07 5:21 AM posted by: サッチー寝苦しくてネット開いたら、成河さん、ブログ更新してました。
長い人生、色々な人に出会いましたが、そう言われてみたら
「この人、強いな」と感じる人よりも、ガラスのように繊細で脆くて
弱さを感じる人に惹かれて来た気がします。
弱さ、つらさ、哀しみを経験してきた人は、人に優しい。
芸術界、芸能界で活躍し続ける人は、ある意味強いのかも知れませんが。ただ強いだけでは、観ている方は、なんの面白み、厚みも感じません。
成河さんは舞台の上では輝いて自信に満ち溢れているけれど
普段はいつも葛藤して、悩んで、考えて、見据えて、現状維持なんて言葉は辞書にない。だから、私たちは成河さんの未来を追い続けたくなるのでしょう。(成河さんが苦しみながらも、渾身の芝居をみせてくくださる姿を観ると、木下順二さんの「夕鶴」のつうを思い出すのです。身を切って与えてくれる、、、その姿を)
私もすごく人が怖いけど、人のために悩むけど。
まだまだ興味を持ってたくさんのひとと出会いたい。
いつも考えさせてくれてありがとう。成河さん。
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2017/08/07 2:25 PM posted by: 凛子過去を振り返ると「ひとはひと、自分は自分」と呪文を唱えて平常心を保とうとした事が多々ありましたが、これこそ他人を恐がってる行為そのものですね。
劣等感なんて概念がなければ楽なのにと、何度考えたことでしょうか。
自分が歩いてきた道を見返すと、同じ所で躓く人は必ずいて、立ち止まって、手を差し伸べて、未知の他人を直視したらみんな弱いんだなって気づいて、やっと自分の弱さにも向き合えた。そんな気がします。
人間の脳ってハイスペックなようで、実は脆いし、余計な機能使うとすぐショートします。
そんな時は頭であれこれ処理しようとしないで、素直に未知の生物に好奇心で迫ってみるのも必要なのかもしれません。
そして是非、未知との関わりを芸の肥やしにして下さい。 -
2017/08/07 2:46 PM posted by: sasa成河さんとは多分親子ほども歳が違うので
(さすがに親子はないか、親戚のおばちゃんくらい(笑))
こんな夜中に難しいこと考えてないで
さっさと寝なさい〜〜〜って思わぬでもないですが(笑)
本当に、役者さんは体が資本ですからね。
今は若いから無理がきいちゃうけど
規則正しくない生活が自律神経の不調を招き
結果、色々な病の引き金になっちゃうことがあるので
長く長く大好きな芝居に携われるように
規則正しく、先ず、夜は寝て下さい♪
っと、ず〜っと舞台を拝見させて頂きたい者の一人として
思います。
丁度、二日前に病気が見つかって
まだ検査しないと細かいことは判らないんですが
怖くて怖くて、こんなに自分は弱かったのかと
情けなさに唖然とした週末を過ごしていたもので。
だから、今の内から御自愛下さい。
睡眠、大切。
健康、大切。
私も、これからも舞台を観続けられるように
今はちょっと凹み続ける一方ですが
その内に少しずつ元気を出せるように頑張ろうかと。 -
2017/08/08 6:30 PM posted by: eris今の自分の環境に合う内容で、何度も読み返してます。
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2017/08/09 8:39 AM posted by: ことね自分を飾らない人って、成河さんの言っている、自分の弱さを見つめた人だと思っているんですけど、
ある人が、自分を飾らないコツは、自分に期待し過ぎないことだって言っていました!
自分に期待しないって、自分の弱さを見るってことですもんね。
これは、実は小栗旬さんなんですけど。小栗さんって、優しいし、よく笑うし、他人が好きですよね。
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2017/08/09 9:26 PM posted by: keiko日常生活において「強い人」とか「弱い人」の定義なんて気が強いとか気が弱いとかしか考えたことがなかったけれど成河さんの言いたいのはそういう事ではなくて真の強さとか弱さだと解釈しました。
私は人からどうこう言われるのが嫌で自分の考えで行動するタイプですが決して強いとは思ってなくてむしろのー天気な弱い人間に近いと思ってます。一般人ならそれでいいけれど演劇に携わっていたらそうはいかない。真っ平らな考え方なんてしてたら仕事にならない。どんな小さな事でも悩んで、考えて。なんかちょっと話がずれたかもです。
「あらゆる困難を、傷つきながら楽しみたい」物事に対して果敢に攻め困難に向かっていく、そうさせてくれる材料があるって言うのが演劇だと思います。沢山悩んでいい役者さんになって欲しいけれど、寝る間を惜しんで考えるのは身体にさわります。
常に成河さんの頭の中は演劇の事でいっぱいでしょうがオンとオフをうまく切り替えて下さいませ。頭を空っぽにする時間も大事だと思うのですが…。 -
2017/08/09 9:48 PM posted by: kouこんばんは。
私は強さに憧れてました。
今思うと自分の弱さを受け入れてなくて、強がってみせたりしちゃってたなぁ。。そんなこんなで、なんやかんやありまして、まあどん底に近いような経験をしたりして。色んな人の力や助けを借りつつ、もがいてもがいて這い上がってきたりして。だからか、強くなりたいってやたら思ってた時がありました。
自分の弱さを認めて、受け入れるって大変ですよね。苦悩、葛藤、エネルギーいるし。だから自分のそれを認めようとされる成河さんは、弱さを持ちつつ強い人なのだなと思いますよ。さて自分はどーなんだろ。前よりは、そんな強くなくてもいいかな、なんて思ってます。心がほぐれてきた、そんな感じ。
立ち止まって、今いる自分を振り返り見つめる作業。とても大事ね。きっかけをありがとうございます。ていうか赤裸々すぎましたかね。お恥ずかし(´△`*)
ではでは、あまり夜更かしせずに、ゆっくりお休み下さいねー。 -
2017/08/09 10:02 PM posted by: keiko言い残し
強い、弱いは感覚的なものでどこまてが強くどこからが弱いかなんて明確ではなくてその人なりの尺度で変わるものだと思います。深く考えているとどツボにはまりそう。
もの事ってどんなに小さな事でも考えれば考えるほど議論の対象になりますね。
今まで考えもしなかったです。
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2017/08/10 10:23 PM posted by: ことね私は、いろんなことを考えて考えて考えて、それでも上手い答えがなかなか見つからないから、全部のことを、考えないようにしちゃってました。何というか、全部、「どうせ答えなんてない。考える自分が悪いんだ。」と。
でも、考え続けたっていいよね。って思いました。だって成河さんこんなに考えてるんですもん…。成河さんは親しい人に、考えた事を聞いてもらおうとして、否定されて、考えるべきじゃないと言われたら…それでも考え続けますか!?
壁にぶつかったっていいですよね…!成河さん、これからもいっぱい考えて下さい。私もまた、いろんな事を考えてみますね -
2017/08/11 12:08 AM posted by: nokko何度も読み返しましたよ。
さっと読んだ時は、よく分からなかった…。
ゆっくり時間のある時にまた読んで…うーん。
また、時間を置いて読んで…なかなかコメント書けない。
なるほど!
お蔭様で「自分で考える」ってことをさせていただきました♪
「強い」「弱い」は相対的表現で主観的なものですが、変化しないことを「強い」と表現するのであれば、私にとって強さに憧れはない。でも、バネを秘めた「しなやかな強さ」、時に変化を厭わない「強さ」であれば、憧れる。変化を厭わないことを「弱さ」と見るなら、それもよし!
ヒトが変化していくことを「成長」とも呼ぶ。「学び」や「教育」は、ヒトが変化していくものであるのを前提にしているし、それは一生続くと思う。
変化を恐れていたら、「成長」も「学び」もない。
「ヒトは自分と違うものがとにかく恐いのだ。」たしかに!
更にいえば、「自分には理解できないと思うものが恐い」のではないか?歴史を振り返れば、そこに端を発して、権力あるものもそうでないものも、自分の恐怖感を払拭するために、あらぬことを沢山引き起こしてきた。
「違い」と「類似」も実は「強さ」「弱さ」に似て、一直線上にあるもののように思える。「違い」にのみ目を向けるから恐いのであって、ヒト同士であれば、実は「類似」の方がうんと沢山あるのかもしれないと最近思う。「類似」点に目を向けた上で「違い」を見たとき、ちょっと違って(恐くなく)見えるのかもしれないとも思うのだが…。
変化することはプラス!時に「傷つく」と感じても、「成長」と感じても…。
世界は広くて、分からないことだらけ!自分のこともいまだ良く分からない私には、当然、他のヒトは分からないことだらけです!幾つになっても。
…でも、だから尚楽しみがいっぱいです♪
色々考えさせてくれてありがとう、成河くん!応援してます♪ -
2017/09/13 11:19 PM posted by: きょ人間は考える葦であるという言葉が浮かびました。人間風車楽しみにしています!
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