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-- 舞台 ----------------
2024
『未来少年コナン』 原作:日本アニメーション制作「未来少年コナン」
演出/振付/美術:
インバル・ピント
演出:ダビット・マンブッフ
脚本:伊籐靖朗
音楽:阿部海太郎

▼東京
5/28(火)-6/16(日)
@東京芸術劇場プレイハウス

▼大阪
6/28(金)-30(日)
@梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ


NEW
カンパニー デラシネラ 『松本清張 点と線』

原作/松本清張
作/演出/小野寺修二
美術/二コラ・ビュフ

7/27(土)-28(日)
@神奈川県立青少年センター紅葉坂ホール


NEW
『ピローマン』
作/マーティン・マクドナー
演出/小川絵梨子

▼東京
10/8(火)-27(日)
@新国立劇場小劇場


NEW
2025
『イリュージョニスト』 作/ピーター・ドゥシャン
作詞/作曲/マイケル・ブルース
演出/トム・サザーランド

▼東京
3月
@日生劇場

▼大阪
4月
@梅田芸術劇場メインホール


-- 映画 ----------------
『Vivo ビーボ』

ビーボ役 吹替

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独占配信中


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バービーすんごい
2023.09.11 Monday 00:48


面白すぎた。そして泣きすぎた。だって本当に深刻なんだもの、全てが。もう、全ての「役割にしばられる」こと、そして「それに気づかない(気づけない)」ことについての視点が。それでいてこの、自己批判に満ちた知性と悪意あるユーモアには笑わされっ放す。ゲラゲラ笑って、秒で泣いて、忙しかった。


日本と韓国でだけ当たってないとか言われるのが本当に嫌だ。役割に忠実な国なのかな。そういうフリしてるだけだと思うけど。そういうフリをすることが最も安全で心地良い国なんだとしたら、やっぱり地獄だな。うーん、そう言えばなんとなくどちらもアイドル大国なような気がする。そういう「遊び」とか「集団催眠」を邪魔されたくないんだろうな。そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど。


求められる役割を捨てて甘えないで自分の足で立つ、全てはそこから、というおはなし。





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馬から離れて
2023.06.04 Sunday 19:40

 

映画『怪物』を鑑賞。出来事というのは、それぞれの人の中で全く別の物語として存在していて、どれだけ近しいと思っている相手とでもそれをひとつの出来事として共有するのは難しい。登場人物、世代ごとの物語の流れ方(当たり前のようにそうだと捉えている事実)の交わらなさが、痛々しくも極めて淡々としてリアルで身につまされる。

 

「本当のことを知りたい」と思っても、その「本当のこと」は所詮自分の物語の筋書きでしか理解出来ないし、それ以外はきっと、情報処理の回路から完全にはじき出されるんだろう。僕たちは、どんなに頑張っても、聞きたいようにしか聞けないし、見たいようにしか見えない。

 

僕たちが、出来事、あるいは相手のことを知りたいと思った時、一時的な考えを理解することは出来ても、それがその人の物語の中でどういう意味を持つのかまでは絶対に知ることが出来ない。言葉を交わし、刹那の想いを共有出来たとしても、同じ時間を生きることは決して出来ない。

 

 

そしてそれが孤独の正体だろうと思う。是枝監督は、その孤独との付き合い方を教えてくれる。気がする。

 

 

自分の物語を真剣に生きて、かつ、それ以外にも決して交わらない他の物語があるという事実を、忘れないようにしたい。そして、そのために演劇はあるなと、あらためて。

 

 

 

 

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エブエブ
2023.03.16 Thursday 23:16


終始ぶっ飛んでゲラゲラ観てんのに、最後、泣きに泣くというこちらまんまとオーソドックスな観客でしたが、ヤラれました。ほんと、面白かった。こちら側の想像を常に斜めに裏切って、空想を掛け算していく疾走感と、着地の実在感。低予算ってほんとですか。明日はPARA神保町で『祖母の退化論』観て、明後日同じくPARA「劇場を開くには?」で田中里奈さんとトーク。午前中ですが、みなさん、是非に。おとこたちとナイロン100℃も、観ます。観たいもの多すぎる。稽古?めっちゃしてますよ。



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『トイ・ストーリー4』が凄かった話
2019.07.15 Monday 23:22
ネタバレを含む考察です。
未鑑賞の方はご注意下さい。
個人的な考察です。
大人から見えたトイ・ストーリー4の骨格。



↓↓↓↓


まず、僕が言うまでもなく、
物語というのはすべからく比喩であります。


『トイ・ストーリー4』は、これからの時代に「国民国家を問い直す」という非常に深刻な問題提起をしている、と捉えることが出来る。というか、僕はそうとしか捉えられなかった。ぞと。いうお話。試しに、持ち主を「国」、おもちゃを「国民」と置き換えて考えてみよう。アメリカという国を考えると迷うべくもない。




この物語には、

「与えられた役割を全うすることの幸せ」

と、

「誰の所有物にもならずに生きていく幸せ」

という対立が見られる。シリーズ3作品目までは、それでも前者を健気に追い求める美しさが描かれてきたが、ここへきて、いよいよ主人公は最後に後者を選ぶのだ。



<考察>


おもちゃの幸せは持ち主である子供の側にいること。


主人公はこの規範の中で、持ち主に寄り添い、持ち主の幸福を考えることが自分にとって一番の幸福であると考えていた。ところが、映画の冒頭、早くも主人公はその持ち主(4才)に飽きられ、冷遇される。

持ち主に新しく寵愛を受けるのはフォーキー(保育園の工作時間にフォークで作ったやつ)。だが、フォーキーは自分のことを「ゴミ」と呼んで、おもちゃの規範を理解出来ず、自分で自分を何度もゴミ箱に捨てようとする。

主人公は、例え自分が冷遇されていても、健気に規範を信じて、持ち主の元を逃げ出したフォーキーに愛と忠誠の、その価値を教えようと奮闘する。文字通り、かなり一生懸命、頑張る。君はゴミなんかじゃないんだ。彼女の大切なおもちゃなんだ。

※この辺りで語られる重要なキーワードは、「内なる声」 と「無限の彼方へ」。

さ迷えるフォーキーを追う内に、主人公は、持ち主の愛を得ることが叶わなくなった流浪のおもちゃたちと出会う。ボーとの再会。今や誰にも所有されることなく、自由に生きる彼女の姿は、彼の規範を真っ向から否定する。そして主人公は「誰かの愛を得るために生きること」と「所有されずに生きること」との間で葛藤する。

葛藤しながらも、主人公は、自分を「ゴミ」としか認識出来なかったフォーキーに「おもちゃの自覚」を芽生えさせて持ち主に返すことに成功する。また、傷を背負い、愛に飢え、所有への憧れを持つガビー・ガビーを、最適な持ち主と出会わせることにも成功する(一応、映画としてのヤマはここ)。

そして主人公は考える。

自分の帰る場所は一体どこなのか。

彼のたどり着いた結論は、持ち主への忠誠を捨て、新人類ならぬ、新おもちゃ類、としてボーと共に生きる。「内なる声」に従って「無限の彼方」へ旅立つ、というものだった。この辺りの描写は、ロマンスや希望に満ちた冒険、というより、どことなくほの暗い、先の見えない不安を絶妙に表現しているように見えた。

新おもちゃ類となった彼らは、その後、「愛を乞うおもちゃ達を、新たな持ち主と出会わせる」という活動をひたすら続けるのだ。さしずめ、移民難民救助活動に生涯を捧げる新自由民か。ボーの出で立ちからして、自由民というよりむしろ闘争に近いものを感じる。あるべき世界を夢想して戦う自由民。「無限の彼方へ」という言葉が、バズ・ライトイヤーの設定で語られた事を思うと、それは宇宙への旅。つまり、国を超え、地球を超えた人類理想郷のための闘いなのだと。そう思わせる。

因みに、新おもちゃ類のひとりが、妄想の中で巨大化して持ち主たちを踏み潰していく、という描写は短くも強烈で、おい、笑えないぞ、と思った。

エンドロールの最後。無事持ち主の家で暮らすフォーキー。ある日、持ち主の作った新しい工作二号と出会う。工作二号は、自分のことをゴミと呼ぶ。そうではないと諭すフォーキー。その時、二号はフォーキーに問う。「では私たちは何のために生きているの?」それに対してフォーキーは、「分からない」と答える。この映画は、もう、「持ち主の幸せのために生きている」、とは言わない。

<考察終わり>


おもちゃの姿を借りて、今の社会に存在する色々な立場、それぞれにロールプレイングさせながら、国民国家の行く末を憂いている、これはそんな映画なんじゃないかと思った。

僕たちは「ゴミ」として生きるのか、「おもちゃ」として生きるのか、それとも第3の道を探して闘争の旅に出るのか。なんて深刻な映画なんだ、と。思った。
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映画『新聞記者』をみた
2019.07.10 Wednesday 15:30


チケット売り場が本当に長蛇の列。びびった。買えないかと思った。観れて良かった。



「守る」よりも「変える」を優先することの困難の実際。人間社会とはかくなる仕組みですぞさてどうしますか?と問われた気分。国家という巨悪の話で終わらせたらいけない。情報操作を「される側」として、また「無意識に加担」しているかも知れない現代の我々が、この話をいかに受け止めるべきか。冷静に考えて行動すべきだと思った。2回泣いたけど。情報操作は何も悪意によってのみ行われるものではない。僕たちの大好きな資本主義の常套手段でもある。だからこそ疑うことが必要な時代だ。疑うための力を磨く必要がある。その警鐘。その信念。ここまでしなきゃその鐘がならない時代。ジャーナリズム、映画人の意地をみた。



新国立劇場の新シーズン「ことぜん(個と全)」に思いを馳せて。タージ・マハルもこのくらいビビッドに伝わるようにしたいなぁ。演劇はマスメディアではないから、影響は小さいが、その分大胆なことが出来るはずで、ちゃんとしたことを積み重ねれば、小さな「変化」や「気づき」を確実に残せる、何よりの強みは、目の前で手渡されたものは、強く、残る。

僕たちは文化人でもなければ、ましてや政治家でも運動家でもない。出来ることはただ、「疑う力」を磨くこと。その目で見て、その頭で考えて、決める。誰のものにもならないために。とてもとても、難しいことだ。でも勇気を持って。

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ニノケン!
2019.03.07 Thursday 22:24


二宮健監督作品『疑惑とダンス』、

渋谷ユーロスペースでトークしてきました。出てないけど!


これほんと面白いから、皆さん観て下さい。クダラナイ、面白い!はもう突き抜けてるし、さらにその裏を支えるニノケンの徹底的な映画愛と演技についての確信に満ちた挑戦的な53分。

こんな面白い演技されたら、もう僕なんてズブズブに嫉妬しました。まぁ、良くできた良くできた、奇跡のような作品。でもね、ただただ愛ですね、愛なんですね、それが起こせるのは。愛があれば誰にでも出来るし、愛がなければどんなプロでも出来ない。すんごい所で成立してる。特に演技を志すひとには是非観て欲しい、そして語り合いたい作品です。

演劇ウォッチャーとしては、初期の頃のポツドールを思い出したり。演劇まわりの人達こそ食いつくことうけあい、と、個人的には。


ユーロスペースにて15日まで、
詳細はコチラ

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黙ってピアノを弾いてくれ
2018.10.28 Sunday 22:14

滑り込みセーフ。
唖然、圧倒、共感。細かいこと言いませんが、僕は勇気付けられました。あらゆる選択が常軌を逸してるけど、実は表現者としては教科書のように真っ当で、「純粋」とか「天才」なんて言葉でガラスケースに入れたらいけない。人を楽しませようと思ったら本当はみんなこうなるはずなんだよな。そしてCDを買う。勧めてくださった後藤ひろひと大王ありがとござました。
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行ってきました
2018.09.05 Wednesday 16:20

濱口監督の本を読んで、なんとかしてハッピアワーが見れないものかと思ってたら、売ってた。買った。高かったけど。五時間だし。「演じること」にこんなに真摯に向き合い、人生かけて心血注いでくれている映画のひとがいるなら教わらなくちゃいけない。「寝ても覚めても」。原作を知らなかったので、恋愛映画なのかなと思って見たけど、言い方悪いがそんなもんじゃなかった。汚くて、美しい、と見終わって思ったら、色んなとこにそう書いてあって、自分の語彙力の平凡さを呪った。けど、明らかに、ど真ん中に、汚くて、美しい。恋愛を描きたいのではなくて、汚くて美しい僕たちそのものを描いてくれたのだなと思った。あらゆる人物が良く知ってる自分自身の姿だった。

目に見えないものを撮る。演技。心が映るためには、ほとんどのものを捨てなきゃいけない。見映えの良いものを疑うのはいつだって大変だけど、本当に価値のあるものは目に見えない奥の方に、ひっそりと、ある。一体どんな時間を過ごすと俳優はカメラの前でああなれるのか。なれるんだな。大変な勇気を貰った。
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少し長く喋ります
2017.03.04 Saturday 02:22

城山羊の会の山内ケンジさん。2015年に岸田國士戯曲賞を取った『トロワグロ』の映画化。新宿武蔵野館で見てきました。

思えば映画館でこんなに声を出して笑ったのは初めてかも知れなくて、それがこの作品だという事実に、少し凍りついてます。いま日本に生きている僕たちが目に焼き付けておくべき己の姿といいますか、まぁでも海外の方にも受けたという事なんで、なんでしょうか、文明社会なんですかこれは。笑えないですね。無関心だとか快楽主義だとか、何よりもその上に着ている服がまぁ見事にどれも醜くて、でも確かに僕たちが普段着ている服そのままで、笑えないけど笑えて、結果的には非常に笑えないです。少なくとも僕は。という訳で。at the terrace。おすすめです。

山内さんもトークでおっしゃっていましたが、ここまで直球ストレートな作品(「素直な作品」と山内さんは表現していましたが)だと舞台であれ映像であれ伝わるものにブレは少ないんでしょうね。演劇やる人にとっては不条理のない世界という言い方になりますか。どちらも伝わるものが変わらないのならば「残る」という点において映像に軍配が上がるような気がします。あ。でも割りと大事なとこ見過ごしてしまうひとも多いみたいで。それは映画という形式の持つ「軽さ」の弊害でしょうか。舞台は強制力が働きますから、その分見過ごせない空気が必然的に生まれますね。逃げられない、という点では舞台に軍配でしょうか。だから舞台をとにかく「軽く」していこうとする今の世相には大いに反対ですよ。

せっかくなので色々考えました。やっぱりあれですね。舞台と映像では、その行為が持つ「効能」がそもそも違うんでしょうね。舞台は言ってみれば「人に会いに行く行為」。それに対して映画は「絵を見に行く行為」だと、改めて思いました。

「人と会って話す」のが舞台ですよ。いや、客席ではもちろん喋らないですけど、発信者と受信者がそこで向かい合っている以上、なんらかの意思を提示することになるじゃないですか。拍手するとか目の前で寝るとか途中で帰るとか。その強制力の前に、もしかしたら傷つけるかも知れない覚悟で意思を提示するからこそ価値が生まれる。その時その行為は医療たり得る訳です。例えアンドロイド演劇であっても操作して幕を開けている人がそこにいればそれは同じ事。人に会いに行くって別に俳優に会いに行く訳じゃないですからね。言うまでもない事ですがそれが目的だったらライヴやコンサートや握手会に軍配。

それに対して映像は「安全」なんですね。あくまで「見るもの」。今回の映画のチラシにも「安全な場所からお楽しみ下さい」と書いてありました。まぁ絵ですから。傷つくもつかないもその時の自分次第な訳で、いつでも自分で決めれば良い。そのかわり、その気になれば、プライベートな、誰とも共有しないでいい大切なものを持つ事が出来るような気がします。これは舞台よりも強いんじゃないのかしら。あ、だからあれですよ。「安全な演劇」はすべからく滅びるんですからね。舞台が安全な場所になってしまったら大変。これはもう、声を大にして。みんなで気をつけていかないと。

さて、

喋ると止まんないですが、この映画のお陰で色々な事考えさせて頂きました。とにかく言えることはただひとつ。本当に見て良かったです。これ大事。好評につきしばらく上映が継続されるようなので、ご興味のある方は是非。ああ、こういうのはまさに映像ならではですね。そこ映像に軍配。うらやましい。

映画の詳しい情報はこちらからどうぞ。

http://attheterrace.com/
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セッション
2015.04.30 Thursday 22:18

バードマンに引き続きセッション、見てきました。なに週間なんでしょうね。言うなれば表現者にまつわる物語りくくりって事で。メッセージではなく問いかける口調に誘われて。セッション。空いた口が塞がりません。コイツらサイテーという思いとは裏腹に心臓のビートが鳴り止みません。見事に問いかけられまして、頭と心臓が忙しい。表現者にまつわる物語り。そういえば、僕はソピョンジェとか覇王別姫とか好きなんですよ。思考を保留する事を許さない鋭利な物語りでした。一本。参りました。
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