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-- 舞台 ----------------
2018
『黒蜥蜴』
作:三島由紀夫
演出:デヴィッド・ルヴォー
1/9(火)-28(日)
@日生劇場
2/1(木)-5(月)
@梅田芸術劇場


NEW
『FULLY COMMITTED』
main_img.jpg 作:Becky Mode
翻訳:常田景子
演出:千葉哲也
6/29(金)-7/22(日)
@DDD青山クロスシアター


NEW
『Thrill me』
IMG_20171230_011524.jpg 作/音楽/脚本:
STEPHEN DOLGINOFF
翻訳/訳詞:松田直行
演出:栗山民也
12月
@東京芸術劇場シアターウエスト


-- TV ----------------
『関門時間旅行〜海峡都市で、会いましょう。〜』

インターネットTV
※生中継の模様を、常時コチラから見られます。


-- DVD --------------
■Disney実写映画
『美女と野獣』

ルミエール吹き替え
DVD & Blue-ray
レンタル、発売中

■『脳内ポイズンベリー』
佐藤祐市監督作品
DVD & Blue-ray
レンタル、発売中


-- 雑誌、他 -----------

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応援演説
2018.01.12 Friday 11:10
次期新国立劇場、演劇芸術監督に就任される小川絵梨子さん、その一年目のラインナップとメッセージが公開されています。

http://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_011682.html

公共という立場から「演劇」の今と未来を考え、実践し、開拓する。その活動が1人でも多くの人に支持され、そして1つでも多く実を結ぶことを心から願っています。


「演劇が社会にもたらす有用性」とは一体何でしょうか。僕なんかがひとり、考えても考えても答えは出ません。ですが考えるのをやめた時、いよいよ「娯楽」として消費される以外の道は本当に絶たれてしまうような気がします。「娯楽」を否定するつもりはありません。ですが、人は娯楽だけでは生きて行けないのもまた事実です。

僕たちの社会には、生活を「労働」と「娯楽」に分けてバランスを取る、そういう価値観があるように思います。「仕事」と「遊び」と言ってもいいです。

でも同時に、「遊び心を持った仕事」や「誰かのためになる遊び」があったりします。そこには「効率」や「成果」とは無縁の豊かさがあります。

「仕事に戻るための娯楽」も必要ですが、同じくらい、「豊かな仕事を産み出すための遊び」も必要なのだと思います。そして後者は「演劇が持つ社会への有用性」と呼べるものの一つではないかと思います。

劇場の中で完結することなく、日常生活にきちんと影響を及ぼす、豊かな生を考える知恵となり得る演劇を、僕は僕のいる場所から考え続けたいと思います。

同時代を生きる人間の一人として、小川絵梨子さんの仕事を万感の思いを込めて応援しています。
| 成河(ソンハ) | 雑感 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
日生劇場
2018.01.08 Monday 19:03

学生時代、敷居が高くて近寄る事もなかった、都内でも帝劇に並ぶ歴史ある屈指の大劇場。席数はおよそ1300。セリフ劇でもマイクは必須。とはいえ、このサイズの劇場の中では客席と舞台の最大距離が比較的近く、空間の親密度は割合高い。古代のお城に迷い混んだような劇場の内装はまるで現代美術のような仕様。興業上どうしてもチケット代金が高くなるので観る人を選ばざるを得ないのが心苦しい。

ディズニーランドで1日遊んで飲み食いして散財したらだいたい同じくらいか。『黒蜥蜴』は休憩込みでだいたい3時間ちょっと。多分。でも演劇の真価は観た後の数日、場合によっては数年に持ち越すものだから費用対効果は人それぞれ。

三島由紀夫の痛烈な近代批判を内包する風刺エンターテイメント。夢だけど夢じゃない時間。「本物」がどこにあるのか、を探す旅。「本物」を探すにもお金がかかる時代です。「本物」は「どこかにある」のではなくて、一人一人の心の中で見出だされる物だと思います。そしてその補助線を引くのが僕たちの仕事。消費社会のその先へ、演劇は何が出来るのか。せめて1人でも多く、その問いかけが心に届くように。そのためだけに心を込めて。明日。初日です。
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正確に名付ける努力、或いは名付けない勇気
2018.01.02 Tuesday 23:57

豚ホルモン(シロ=大腸)
牛だとシマチョウ

割かずに管状のままのものに、シロコロ。それが牛の小腸になると、マルチョウ。

だから、「牛のシロコロ」という表現は間違っていると思っていたけど、どうやら最近ではそんな風に言う場合もあるらしい。「白モツ」という大きな概念を流用させると何とでも言えるのか。でも、やっぱり「シロ」といえば、豚でしょ。串に刺されてるからって「タン」が「焼き鳥」だと思ってる人はもういないでしょう。そういえば「カルビ味」のお菓子を見つけた時は流石にびっくりしました。

名前は色々な場所で時と共に変化したり組み合わさったり。いつの間にか全然別の都合でまた変わったり。結果。名前はいつも、何の参考にもならない。例えば、「黒蜥蜴はストレートプレイです」。この言葉は、何一つ作品を説明しません。「今日のサラダは野菜です」くらい意味がありません。それどころか、作品というものの本質を見失わせる危険な言葉です。と僕は思います。

豚シロは、シマチョウより脂分が少なくあっさりしていて、その独特な臭みが食欲を刺激します。形が似てるものはたくさんあるけど、味は随分違うものです。


あけましておめでとうございます。
| 成河(ソンハ) | 雑感 | comments(9) | trackbacks(0) | pookmark |
観ましたよ
2017.12.25 Monday 00:26

ようやく東京千秋楽で観る事が出来ました。マッチ、格好いいですよ!まちこさんがね、ケトルが台に上手く嵌まらなくて「いっつも、これは!」って笑。ピルケースが上手く開かなかった時のあなたも「これは、いっつも開かないんだよ!」って。全く夫婦揃って素敵で困ります。そんな事で泣くのも、劇場では、アリですよね。あの劇場を「演劇の聖地」へと導いてきたその精神に多くを学びます。素晴らしい舞台をありがとうございました。マクドナー、キッツいっすねー!左手、もっかいやりたいです。旅公演も無事見届けられますように。
| 成河(ソンハ) | 観劇 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
信じることと疑うことは同じくらい大事
2017.12.13 Wednesday 22:45

だからもう騙されないぞって。分別したつもりになって結局おなじ所に回収されるなんて愚の骨頂。気付かず成熟した都市生活を送っているつもりになってるとしたら赤信号。

真実というのは目に見えないどこかに必ずあるはずだ、ということを、例えば、信じる。

誰かが、後から分けてくれてるだけ。なのに、書いてあるだけで、安心して、何も考えないで、ペットボトル、下に入れられる。「何も考えない」ことが、僕たちの「安心」の中身だとしたら。

気付けば、ペットボトル、上に入れられますよ。結果は同じだから。どちらにも入れられます。その自由。「何も考えない」ことによる不自由。

不自由な安心と、自由な不安。

どっち取りますか?
| 成河(ソンハ) | 稽古場 | comments(16) | trackbacks(0) | pookmark |
僕たちは
2017.12.07 Thursday 01:19

多様性を表現しなければいけない。概念とか一般を呼び込んではいけない。多分、絵も、歌も、躍りも、何でもそう。そのために必要なことは、徹底した自己と世界の観察。情報を遮断して自分の目で。みること。稽古も始まったところで、そろそろまた言葉を柔らかく戻したい。
| 成河(ソンハ) | 稽古場 | comments(9) | trackbacks(0) | pookmark |
不在
2017.12.02 Saturday 00:40
「アーティスト」というのは作品にとってどのような役割を果たすのか。そして「アーティスト」が不在となった作品はどのような目に会うのか、それが残酷なくらい良く分かった。参考になった。裏方のエンジニアたちを取り上げたらたちまち素晴らしい演劇になるのに。

日本にだって、海もあるし山も河も、子供たちが元気に遊ぶ公園だってまだちゃんとあるのに。人工物には、「指し示す指」が必要。モノ→意味→物語、の順で、少なくとも想像力は働くはずなんだけどなぁ。それが「アーティスト」の仕事。アーティストが不在だと残念ながら作品にはならない。

恐らく、観客の水準が随分低く見積もられてる。ミュージシャンナメんな。ダンスナメんな。役者ナメんな。日本ナメんな。本当に何も無くても盛り上がれるとしたら、よっぽど時代が暗いってことになるが。そうなのかな。
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ききき
2017.12.01 Friday 19:22

来てしまった。

来てみてしまった。
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続・俳優のメモ
2017.11.27 Monday 02:37

演劇は集団創作だから、ワタシの表現も、ワタシの出会い直しも、無条件に必要とされる訳ではないヨ。

「お前の気持ちなんてどうだっていいよ」について。

作品そのものが真に「表現」と呼べるものになるために。個人ではなく、「集団」が表現しているように、「作品」が表現しているように見えるために。


個人が「にせの感情の明快さ」で押しきる自己顕示は、前提として表現と呼べるものではない。しかし、一人一人の個人が「生活で取りこぼした漠然とした感情」を拾い上げることは、集団創作にとって本来歓迎されるべきことで。まずは、個々の「いまここにいる実感=ワタシとの出会い直し」。集団がそれによって繋がり、「いまここにいる実感」の複数になったとき、集団が何かを表現するようになる。それが本当の化学反応。「個性」なんてものを、自分と向き合うこと無く無前提に信じてはいけない。与えられた環境を通して、自分と向き合う。向き合ってる人間に感化されて、誰かも向き合う。向き合われた個人の複数。拾い上げられたたくさんの個人たち。の集まり。戯曲はそのあと。出来れば配役もそのあと。実際のところ、それさえあれば、既存の戯曲がなくても、十分に伝わる。戯曲はそのための媒介。この関係が、観客席まで含めた一つの大きな集団創作にまで広がる事が出来たらなあ。劇文学の上演でその関係を作ることは今のワタシたちには難しい。ありがたがっちゃうから。みんなで。よく知らないくせに。表現は過程。演劇は過程。上演は媒介。それで初めて「やる行為」も「みる行為」も表現。だから意味があるというお話。だから感想には自信を持って下さい。何か話したくて仕方なくなったら、それがアナタの表現。ただし、「批評」とは区別すること。それは専門家の仕事です。


安直な「自己表現否定派」の意見として、「作品に奉仕する」というのがある。しかしこの美談は、結局のところいつも、技術で塗り固められた「キャラ芸」でしか実践されない。そこには概念化された虚構の自己しかいない。取りこぼした「曖昧な自己の感情全体」と能動的に向き合う努力を放棄する言い訳に過ぎない。その表現は、相手に狙った感情を喚起させることを目的としたもので、作品を盾に自己も他者も決めつける。その態度は技術の高低に関わらず、周囲に伝播することはない。作品を隠れ蓑にして、役を言い訳にして自分を隠し、何も見せず、何も貰わない。上手ですけど、あなたがいまここで生きていなければ、作品はいまここで生きていない。

例外的に、自己顕示する事自体が生を実感する事とイコールなひとがいる。輝いているけど、ひとり。集団創作には向かない。主役をやらせるか、ソロデビューさせるか。


ともあれ、


ワタシたちに必要な関係。劇場ないしは演劇の場で、ワタシたちがいま生きているよね、という確認。俳優はその時、灯台のような役割をするのかも知れない。
| 成河(ソンハ) | 雑感 | comments(11) | trackbacks(0) | pookmark |
表現という仕事はきっと
2017.11.26 Sunday 03:35

勇気づける、とか元気づける、というのとは違う。相手に特定の感情を喚起させることを目論むことではない。自分が「いま」「ここ」で生きていることを実感すること。日常で取りこぼした「自己」と自分自身がそこで出会うこと。行為を通して「思い出す」こと。その様を臆面もなくみてもらうこと。その結果として、繋がること。繋がるかも知れない、と願うこと。

仮に。いま。そんなとこ。
| 成河(ソンハ) | 雑感 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
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